かつて2016年のリオデジャネイロオリンピック開催前に世界的に大きな話題となった「ジカ熱(ジカウイルス感染症)」。一時期の報道は沈静化しましたが、中南米を含む熱帯・亜熱帯地域では依然として発生が報告されています。
この記事では、ブラジル旅行を計画している方や、ジカ熱について改めて知りたい方向けに、公的機関が発表している最新情報(2024年6月現在)を基に、ジカ熱の概要、症状、感染経路、特に注意が必要な点、そして予防策について分かりやすくまとめました。
※筆者は医療専門家ではありません。本記事は公的機関の情報に基づいた一般的な情報提供を目的としており、医学的なアドバイスを行うものではありません。健康に関する懸念がある場合は、必ず医師や専門機関にご相談ください。
ジカ熱(ジカウイルス感染症)とは?

ジカ熱は、ジカウイルス(Zika virus)を持つ蚊(主にネッタイシマカやヒトスジシマカ)に刺されることで感染する病気です。蚊に刺される以外にも、母体から胎児への感染(母子感染)や、輸血、性行為によっても感染する可能性があります。
厚生労働省によると、「ジカウイルス感染症」とは、蚊に刺されて発症する「ジカウイルス病」と、妊娠中の母親から胎児へ感染することで起こる「先天性ジカウイルス感染症」の総称とされています。
ジカ熱の症状:多くは軽症だが、重大な合併症に注意

一般的な症状 (ジカウイルス病)
感染しても約8割の人は症状が出ない(不顕性感染)か、症状が出ても軽いため気づかないことが多いとされています。症状が出る場合の主なものは以下の通りです(厚生労働省HPより)。
- 軽度の発熱(38.5℃以下が多い)
- 頭痛
- 関節痛、筋肉痛
- 斑丘疹(まだら状の赤い発疹)
- 結膜充血(目の充血)
- 疲労感、倦怠感
これらの症状は通常2~7日程度で自然に治まることが多く、デング熱やチクングニア熱といった他の蚊媒介感染症と比べると軽症な場合が多いと言われています。特別な治療法はなく、症状を和らげる対症療法が中心となります。
しかし、ジカ熱が世界的に問題視されたのは、以下の重大な合併症との関連が強く疑われた(現在は関連性が確立されている)ためです。
重大な合併症①:先天性ジカウイルス感染症(小頭症など)
妊娠中(特に妊娠初期)の女性がジカウイルスに感染すると、胎児にも感染し、小頭症などの先天異常を引き起こす可能性があります。小頭症とは、生まれつき赤ちゃんの頭のサイズが標準よりも小さい状態を指し、脳の発達の遅れや、てんかん、視覚・聴覚障害などの様々な神経学的合併症を伴うことがあります。
このリスクがあるため、妊娠中または妊娠を計画している女性は、ジカ熱の流行地域への渡航を可能な限り避けることが強く推奨されています。
重大な合併症②:ギラン・バレー症候群
小頭症ほど大きく報道されませんでしたが、ジカウイルス感染後に、ギラン・バレー症候群を発症するリスクが高まることも分かっています。これは年齢に関わらず起こりえます。
ギラン・バレー症候群は、急性の末梢神経障害で、主な症状は手足の筋力低下や痺れです。症状は急速に進行することがあり、重症化すると顔面神経麻痺、嚥下障害、呼吸筋麻痺による呼吸困難などを引き起こす可能性があります。多くの場合、適切な治療(免疫グロブリン大量療法や血漿交換療法など)により回復しますが、後遺症が残る場合もあります。(参考:難病情報センター)
感染時期と注意が必要な期間:潜伏期間と性行為感染リスク

潜伏期間と発症期間
ジカウイルスに感染してから症状が出るまでの「潜伏期間」は、通常2~12日(多くは2~7日)とされています。症状が出た場合の期間は、前述の通り2~7日程度です。
重要なのは、症状が出ない不顕性感染が多いこと、そして症状が出たとしても非常に軽微で気づかない可能性があることです。そのため、「帰国後しばらく体調が悪くないから大丈夫」と安易に判断することはできません。
性行為による感染リスクと注意期間
ジカウイルスは、感染者の精液や腟分泌液にも含まれることが分かっており、性行為によってパートナーに感染させるリスクがあります。特に、感染に気づかないまま性行為を行い、妊娠中のパートナーに感染させてしまうケースが懸念されます。
では、流行地域から帰国した後、いつまで注意が必要なのでしょうか? 世界保健機関(WHO)や各国の保健機関は、以下のような注意喚起を行っています(期間は目安であり、最新の情報や医師の指示に従ってください)。
- 流行地域から帰国したすべての人(症状の有無に関わらず):
- 最低2ヶ月間は、コンドームを使用するなど、より安全な性行為を心がけるか、性行為を控える。
- 流行地域から帰国した男性で、パートナーが妊娠している場合:
- 妊娠期間中は、コンドームを使用するなど、より安全な性行為を心がけるか、性行為を控える。
- 流行地域から帰国した男性で、ジカ熱の症状があった場合:
- 最低3ヶ月間は、コンドームを使用するなど、より安全な性行為を心がけるか、性行為を控える。(以前は6ヶ月推奨でしたが、近年見直されています。ただし、個々の状況により医師の判断が必要です。)
- 妊娠を希望する場合:
- 流行地域からの帰国後、女性は最低2ヶ月間、男性は最低3ヶ月間、妊娠を避ける(より安全な性行為を心がける)。
※重要:これらの期間は一般的な目安です。特に妊娠に関連する事項については、必ず医師に相談し、個別の状況に応じたアドバイスを受けてください。
ブラジルでのジカ熱感染リスクの現状 (2024年)

2016年の大流行以降、ブラジルを含む多くの国でジカ熱の報告数は減少傾向にありますが、流行が終息したわけではありません。ブラジル国内でも、地域や時期によって散発的な発生が報告されています。特に、蚊が多く発生する雨季(地域によって異なるが、一般的に夏場にあたる12月~3月頃)は注意が必要です。
以前のデータではリオデジャネイロ州での発生が多いとされていましたが、現在では他の州でも発生が見られます。特定の地域が安全、あるいは危険と断定することは難しく、ブラジル全土で基本的な予防策を講じることが重要です。
最新の流行状況については、渡航前に厚生労働省検疫所(FORTH)や外務省海外安全ホームページなどの情報を確認することをお勧めします。
ジカ熱から身を守るために:予防策の徹底を

ジカ熱には、現時点で有効なワクチンや特異的な治療薬はありません。そのため、予防が最も重要になります。主な予防策は以下の通りです。
1. 蚊に刺されないための対策
- 虫除け剤の使用: DEET(ディート)やイカリジンなどの有効成分を含む虫除け剤を、露出している皮膚や衣服に適切に使用する。汗をかいたり水に濡れたりした場合は、こまめに塗り直す。(日焼け止めと併用する場合は、日焼け止めを先に塗り、その上から虫除け剤を塗る)
- 服装の工夫: できるだけ長袖、長ズボンを着用し、肌の露出を少なくする。淡い色の衣服の方が蚊を引き寄せにくいと言われています。
- 屋内での対策: 網戸や窓がきちんと閉まる、またはエアコンが設置されている宿泊施設を選ぶ。必要に応じて蚊帳(かや)や蚊取り線香、電気蚊取り器などを使用する。
- 蚊の発生源を減らす: 蚊はわずかな水たまりでも繁殖します。宿泊施設の周りなどに水が溜まっている場所があれば、水を捨てるなどの対策を促す(現実的には難しい場合もありますが)。
2. 性行為感染の予防
- 流行地域滞在中および帰国後、定められた期間は、コンドームを正しく使用するか、性行為を控える。
- 特にパートナーが妊娠中、または妊娠の可能性がある場合は、厳重な注意が必要です。
感染が疑われる場合や心配なときは

流行地域滞在中や帰国後に、発熱、発疹、関節痛などのジカ熱を疑う症状が出た場合、または感染に関して不安がある場合は、速やかに医療機関を受診してください。
- 現地滞在中: 現地の医療機関を受診する。海外旅行保険に加入している場合は、保険会社のサポートデスクに連絡して指示を仰ぐことも有効です。
- 日本帰国時: 空港や港の検疫所に相談ブースがあれば相談する。
- 帰国後: 最寄りの医療機関(可能であれば感染症内科や渡航外来のある病院)を受診する。受診の際は、必ず渡航先、滞在期間、蚊に刺された可能性、症状などを医師に伝えることが重要です。地域の保健所に相談することもできます。
【相談窓口・医療機関情報】
- 厚生労働省検疫所 FORTH: https://www.forth.go.jp/ (海外の感染症情報、帰国後の相談窓口案内など)
- 国立感染症研究所 感染症情報センター: ジカウイルス感染症に関する情報
- 日本感染症学会 蚊媒介感染症専門医療機関: 専門医療機関一覧 (※リストは更新されているか要確認)
早期に相談・受診することで、適切な診断やアドバイスを受けられ、合併症のリスク評価やパートナーへの感染拡大防止にも繋がります。
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