しばしばブラジルは世界でも危険な国の一つ、みたいな表現がされます。
ギャングが銃撃戦をしていて、道を歩けばスリやら強盗に合うイメージを持っている方もたまにいらっしゃいます。
ブラジルに行くと決まった時から「治安は大丈夫か」と皆に聞かれます。
でも、こちらに来れば皆が普通に生活をしているわけです。地元民も日系移住者も、毎日何かにおびえて生活しているわけではありません。注意はしていると思いますが。
このイメージのギャップは何が原因なのかと考えていたのですが、基本的に日本とブラジルでは「平均」「分散」に対して根本的に持つイメージが異なるのだと思いましたので、数字で確認してみました。
https://brasiltips.com/compare-murder-suicide/
超当たり前だけど、平均の意味を考える
まず誰もが知っている平均の意味について簡単に説明します(させて下さい)。
例えば、A君、B君、C君、D君が国語のテストを受けたとします。
以下、2つのパターンを考えます。
①それぞれの点数が85点、80点、65点、70点
この4人は比較的同じような点数分布で、平均点は75点です。
この4人のそれぞれの点数を伝えずに4人の平均点だけを他人に伝えた時、人々はこの4人は75点くらいの能力を持っているんだなと、ぼんやり思います。
で、このイメージはあんまり間違っていません。多少前後はしますが、4人ともそれなりの学力を持った子どもたちです。
②それぞれの点数が100点、95点、55点、50点
このの場合はどうでしょう。こちらも平均は75点です。
そして①と同様に平均点のみを他人に伝えたとしましょう。聞いた他人はまぁ多少の差はあっても75点程度の学力を持ったグループだと考えるでしょう。
誰もが分かるように、彼らに75点というイメージを持つと非常にやっかいだと思います。100点の子供と50点の子供に同じ授業スピードや理解度を期待しても無意味です。そもそも75点という点数イメージに近い子供はこの中にはいないわけです。
バラツキの少ない日本。バラバラのブラジル
上記のようなバラツキを俗に分散とかいうわけですが、日本とブラジルはこの分散に対するイメージがあまりに違うのではないかと思います。
多少の差があっても、北海道から沖縄まで「日本は安全」「日本は綺麗」「食事が美味しい」といった説明に大きな違和感を持つ人はいないでしょう。
日本語を使って、日本の文化の中で、同じ教育を受け、同じテレビ番組を見ていれば、そんな大きく変わらないのは当然です。
一方で、ブラジルは日本の23倍の国土の中に、世界中からの移民が築いてきたコミュニティがあり、ポルトガル語という共通言語はあっても、生活の基礎となる文化は大きく異なります。
若干雑な説明ですが、こうした文化の差は当然経済の発展度や生活スタイル、教育水準に大きな差を生みます。
上記の説明で言えば、日本は①のような構成、ブラジルは②のような構成になるわけです。
というわけで、何が言いたいかというと、ブラジルと一言でいっても広いし、危険といったって危ないところも、そこまで危なくない所もあるんじゃないか!ってことです。
ブラジル全体の殺人率の推移
まず、ブラジルという国全体の平均値で見た場合、ブラジルの危険度はどのようなものなのでしょうか。最も損害度の大きな殺人の発生率(10万人あたり)の平均値は以下の通りです。
※直近の数値が見つからず、2012年までのデータになります。
■ブラジル10万人あたり殺人件数推移:1998-2012(単位:人)
年 | 10万人あたり |
---|---|
1998 | 25.9 |
1999 | 26.2 |
2000 | 26.7 |
2001 | 27.8 |
2002 | 28.5 |
2003 | 28.9 |
2004 | 27 |
2005 | 25.8 |
2006 | 26.3 |
2007 | 25.2 |
2008 | 26.4 |
2009 | 26.9 |
2010 | 27.5 |
2011 | 27.1 |
2012 | 29 |
増減 | 3.1 |
増減率(02-12) | 12% |
参照 List of Brazilian states by murder rate(Wikipedia)
1998年以降15年間を10万人あたり25人~30人で推移しています。
多少の波はあるものの、15年間で治安が極度に悪くなったりしているわけではありません。
さて、この平均的な数字がどのくらい危険なのかと他国と比較すると以下の通りになります。
■10万人あたり殺人件数ランキング:1位~40位(単位:人)
順位 | 国名 | 2013年 | 注 |
---|---|---|---|
1 | ホンジュラス | 84.29 | |
2 | ベネズエラ | 53.61 | 2012 |
3 | 米領ヴァージン諸島 | 52.64 | 2010 |
4 | ベリーズ | 45.09 | 2012 |
5 | ジャマイカ | 42.88 | |
6 | エルサルバドル | 39.79 | |
7 | レソト | 38.03 | 2010 |
8 | グアテマラ | 34.57 | 2012 |
9 | セントクリストファー・ネイビス | 33.42 | 2012 |
10 | 南アフリカ | 31.86 | |
11 | コロンビア | 31.84 | |
12 | トリニダード・トバゴ | 30.21 | |
13 | バハマ | 29.7 | 2012 |
14 | ブラジル | 26.54 | |
15 | プエルトリコ | 26.49 | 2012 |
16 | セントビンセント・グレナディーン | 25.51 | 2012 |
17 | ドミニカ共和国 | 22.03 | 2012 |
18 | セントルシア | 21.57 | 2012 |
19 | モントセラト | 20.4 | 2008 |
20 | ツバル | 20.09 | 2012 |
21 | ガイアナ | 19.46 | |
22 | メキシコ | 18.91 | |
23 | ナミビア | 17.46 | 2012 |
24 | スワジランド | 17.43 | 2010 |
25 | パナマ | 17.15 | |
26 | サンピエール島・ミクロン島 | 16.5 | 2009 |
27 | ボツワナ | 15.38 | 2010 |
28 | ケイマン諸島 | 14.73 | 2009 |
29 | 南スーダン | 14.41 | 2012 |
30 | 中央アフリカ | 13.64 | 2012 |
31 | コンゴ民主共和国 | 13.47 | 2012 |
32 | グレナダ | 13.31 | 2012 |
33 | 仏領ギアナ | 13.3 | 2009 |
34 | コートジボワール | 12.43 | 2012 |
35 | エクアドル | 12.41 | 2012 |
36 | ボリビア | 12.09 | 2012 |
37 | モーリタニア | 11.36 | 2012 |
38 | ニカラグア | 11.33 | 2012 |
39 | アンティグア・バーブーダ | 11.22 | 2012 |
40 | マリ | 11.2 | 2012 |
※注は2013年のデータが取得できず、他年数値を採用している場合の採用年
ブラジルはなんと14位。日本は0.28で211位。日本は本当に安全な国なんですね。
ここまでが恐らく日本人の多くが持っている「危険なブラジル」のイメージです。
この広大な国にどのくらいのバラツキがあるのか、次は州別の数値を見ていきたいと思います。
全国平均を分解して、考えてみる
州別の数値は2002年から2012年までの10年間の推移を5年ごとに以下のような変遷をたどっています。
■ブラジル州別10万人あたり殺人件数(単位:人)
State/Region | 2002 | 2007 | 2012 | 増減率 |
---|---|---|---|---|
Acre | 25.7 | 18.9 | 27.5 | 7% |
Amapa | 35 | 26.9 | 35.9 | 3% |
Amazonas | 17.3 | 21 | 36.7 | 112% |
Para | 18.4 | 30.4 | 41.7 | 127% |
Rondonia | 42.3 | 27.4 | 32.9 | -22% |
Roraima | 34.9 | 27.9 | 35.4 | 1% |
Tocantins | 14.9 | 16.5 | 26.2 | 76% |
Northern | 21.7 | 26 | 37.3 | 72% |
Alagoas | 34.3 | 59.6 | 64.6 | 88% |
Bahia | 13 | 25.7 | 41.9 | 222% |
Ceara | 18.9 | 23.2 | 44.6 | 136% |
Maranhao | 9.9 | 17.4 | 26 | 163% |
Paraiba | 17.4 | 23.6 | 40.1 | 13% |
Pernambuco | 54.8 | 53.1 | 37.1 | -32% |
Piaui | 10.9 | 13.2 | 17.2 | 58% |
RioGrandedoNorte | 10.6 | 19.3 | 34.7 | 227% |
Sergipe | 29.7 | 25.9 | 41.8 | 41% |
Northeast | 22.4 | 29.6 | 38.9 | 74% |
EspiritoSanto | 51.2 | 53.6 | 47.3 | -8% |
MinasGerais | 16.2 | 20.8 | 22.8 | 41% |
RiodeJaneiro | 56.5 | 40.1 | 28.3 | -50% |
SaoPaulo | 38 | 15 | 15.1 | -60% |
Southeast | 36.8 | 23 | 21 | -43% |
Parana | 22.7 | 29.6 | 32.7 | 44% |
RioGrandedoSul | 18.3 | 19.6 | 21.9 | 20% |
SantaCatarina | 10.3 | 10.4 | 12.8 | 24% |
South | 18.3 | 21.4 | 24 | 31% |
DistritoFederal | 34.7 | 33.5 | 38.9 | 12% |
Goias | 24.5 | 24.4 | 44.3 | 81% |
MatoGrosso | 37 | 30.7 | 34.3 | -7% |
MatoGrossodoSul | 32.4 | 30 | 27.1 | 16% |
Center-West | 30.4 | 28.4 | 38.2 | 26% |
Brazil | 28.5 | 25.2 | 29 | 2% |
※増減率は2012-2002の増減率
参照 List of Brazilian states by murder rate(Wikipedia)
全国における殺人件数について、10年間の単純平均で計算すると、少し高く10万人あたりの殺人件数は27.6です。
これを分解していきます。
地方別に見てみる
ブラジルには大きな地方区分として、北部、北東部、南東部、南部、中西部の5つがあります。
州別の前にこの5区分で平均値を見てみると、南部、南東部の数値が比較的低水準であるのに対して、他の地域は1.5倍以上の10万人あたり殺人件数となっています。
また興味深い点として、南東部のみが殺人率に大幅な減少が見られます。
州別に分解してみてみる
州別に細かく見てみると、これがすごいことになります。
直近の2012年の数値で見ると、最も低いSanta Catarina州(南部)とAlagoas州(北部)は5倍も違います。10万人あたりに直すと50人も違うわけです。
一方で、日本人に親しみ深いリオデジャネイロやサンパウロはそれぞれ28.3と15.1。
リオデジャネイロは全国平均並、サンパウロは大きく下回ります。
しかしそれでも、南スーダンやメキシコ並の殺人の発生率ではあります。
危険という事実は変わらなくても、かなり安全に過ごすことはできると思う理由
いくら分解してもやっぱりブラジルは危険だというイメージは払拭できないか。まぁ確かに危ない話も聞くしなぁと思いながらも、それでも少なくともリオデジャネイロやサンパウロで命の危険にさらされるリスクは殆ど無いといえるのではとデータを見ていて思いました。
1.身体犯は郊外の方が実質的な発生率は高い(と思われる)
国を州まで分解したのと同じように、州もまた多くの市とエリアに分解されます。
通常日本人が観光で入るのはそのうち、その中心部くらいでしょう。郊外に行く人は結構マニアックな方だと思います。
例えば少し古いデータですが、サンパウロの場合、大きく郊外と市内で見た場合の犯罪発生件数は以下の通りです。
市 内
|
大サンパウロ圏
|
郊 外
|
サンパウロ州
|
||||
(合 計)
|
|||||||
殺 人 |
1.235
|
1.202
|
2.113
|
4.550
|
|||
殺人未遂 |
1.171
|
1.081
|
2.928
|
5.180
|
|||
傷 害 |
38.837
|
29.881
|
117.540
|
186.258
|
|||
強盗殺人 |
100
|
55
|
149
|
304
|
|||
強 姦 |
1.593
|
1.247
|
2.807
|
5.647
|
|||
誘 拐 |
38
|
23
|
24
|
85
|
|||
薬物取引 |
5.688
|
3.833
|
18.365
|
27.886
|
|||
強盗 | 一 般 |
123.482
|
52.423
|
81.099
|
257.004
|
||
車 両 |
35.958
|
18.604
|
17.280
|
71.842
|
|||
合 計 |
159.440
|
71.027
|
98.379
|
328.846
|
|||
窃盗 | 一 般 |
176.393
|
65.763
|
286.777
|
528.933
|
||
車 両 |
43.148
|
19.375
|
42.818
|
105.341
|
|||
合 計 |
219.541
|
85.138
|
329.595
|
634.274
|
(ブラジルでは千円単位の記号を,ではなく.で表記します)
殺人件数で見ると市内での発生は全体の4分の1程度。
住民の構成比でいうと、サンパウロ州全体で4,150万人程度、サンパウロ市で1,150万人程度で、これ殺人件数の比率と同程度なのですが、実際は中心部には朝も夜も住人以外の大量の人が流れ込んでいます。
つまり、サンパウロ市内の昼間人口(たぶん夜間人口すらも)は1,150万人を大幅に上回ることになります。
当然発生率ベースでいえば実質の分母が大きくなるわけでして、州全体の殺人率に比べると中心部のそれはそれなりに低いものになると思われます。
サンパウロでいえば2012年10万人あたり15件程度なわけですが、中心部に限ればそこに滞在する人のうち殺人に合うのは10人にも満たないのではないかと思います。
2.昼夜、エリアによる分解をしっかりすればリスクは抑えられる
さらにいうと、中心部でも危険なエリアというのがあります。これは現地人に聞けば教えてくれます。(リオデジャネイロであればセントロはその筆頭)
また、昼夜で比較すれば当然夜の方が発生率が高いわけです。
こうした時間や場所をきちんと使い分けて、安全な行動を心がけていれば犯罪にさらされるリスクはさらに落とすことができるはずです。
3.警察がかなり力を入れた結果が出ている
上記の州別殺人件数(10万人あたり)を見た時気づかれたと思いますが、リオデジャネイロとサンパウロの人口あたり殺人件数は大幅に低下しています。
リオデジャネイロもサンパウロも現在街中に警官がそこらじゅうにいます。
さすがに警官の前で犯罪をするほど(する人々もいますが)、アホな犯罪者ではありません。
またファベーラと呼ばれる今までギャングが牛耳ってきた貧困街を警察が制圧して、その影響力をそれなり落としてきました。
こうした成果の現れが上記の大幅な低下を実現させたものと推測できます。
まだ高い水準ではありながらも、人々が多くいる場所であれば比較的安全であると言えるでそう(スリには気をつけましょう)
とりあえずブラジル怖い病からは脱け出すべき
こちらの記事によれば2015年のリオデジャネイロの直近の殺人発生率は18.6件/10万件であり、これはニューヨークと同程度でデトロイトやカリフォルニア州のコンプトンよりも低いとのこと。
また、サンパウロの殺人率も直近は10人/10万人となっており、かなり減少しているようです。
日本と比較すれば世界中どこでも危険なわけですが、ニューヨークなどと同程度と考えると、「ブラジル=危険」と考えることの無意味さが分かると思います。
ブラジルの異国体験は他の国ではできないものが多くありますし、上記のように気をつけることを気をつければ、数値的な面でもかなりリスクを落とせるのではないでしょうか。(最後は不十分な証明ではありつつも)
ブラジル?ヤバイ!ではなく、きちんと気をつければ人生の幅が広がるのだという思考の中で、ブラジルに行くかどうか見極めていくのも一つの賢さのように思います。
ご質問はこちら Comment/Question