日本では以前ほどではありませんが、海外、特にブラジルのスーパーマーケットに行くと、食品パッケージに頻繁に「Contém Glúten(グルテンを含みます)」や「Não Contém Glúten(グルテンを含みません)」という表示を目にします。スナック菓子、調味料、時には加工肉製品にまで。
ここまで強調されていると、「グルテンって、もしかして体に悪いものなの?」「今まで普通に食べてきたけど大丈夫だったのかな?」と、少し不安になってしまいますよね。日本の食生活は小麦製品も多いですから、なおさらです。
そこで今回は、そもそも「グルテン」とは何なのか、なぜブラジルでは表示が多いのか、そして私たちの健康にどのような影響があると考えられているのか、最新の情報も含めて調べてみました。
グルテンとは? – パンや麺の「もちもち」の素
「グルテン」という名前は聞いたことがあっても、具体的に何かはよく知らない、という方も多いかもしれません。
簡単に言うと、グルテンは小麦、ライ麦、大麦などの穀物に含まれるタンパク質の一種(グルテニンとグリアジンというタンパク質が絡み合ってできたもの)です。このグルテンが、パン生地の粘り気や弾力性を生み出し、ふっくらと膨らませる役割を担っています。うどんやパスタのコシ、ピザ生地のもちもち感なども、グルテンの働きによるものです。
私たちが日常的に食べている多くの食品に、グルテンは含まれています。例えば…
- パン、ケーキ、クッキー、マフィン
- パスタ、うどん、そうめん、ラーメン、焼きそば
- ピザ、お好み焼き、たこ焼き
- 餃子や春巻きの皮
- ビール、麦茶
- シリアル類(小麦、大麦、ライ麦を含むもの)
- カレールウ、シチュールウ、醤油(一部)、ソース、ドレッシングなど(つなぎや添加物として)
こうしてみると、私たちの食生活、特に「美味しい!」と感じるものにグルテンは深く関わっていることが分かります。
グルテン摂取で心配されること:セリアック病とグルテン過敏症
では、なぜグルテンが注目され、「グルテンフリー」という言葉が聞かれるようになったのでしょうか? 主な理由は、グルテンが原因で健康上の問題を引き起こす人がいるためです。
セリアック病 (Celiac Disease)
これは、グルテンに対して免疫系が異常反応を起こし、自身の小腸の粘膜を攻撃してしまう自己免疫疾患です。小腸の粘膜が傷つくことで、栄養素の吸収が妨げられ、腹痛、下痢、便秘、腹部膨満感、体重減少、貧血、疲労感、皮膚炎、骨粗しょう症など、様々な症状を引き起こします。遺伝的な要因が関与しており、治療法は生涯にわたってグルテンを完全に除去する「グルテンフリー・ダイエット」を行うことです。
セリアック病は、かつては欧米人に多い疾患とされていましたが、近年は日本を含むアジアでも診断されるケースが増えています。
非セリアック・グルテン過敏症 (Non-Celiac Gluten Sensitivity, NCGS)
セリアック病や小麦アレルギーではないにも関わらず、グルテンを摂取すると腹部の不快感、頭痛、倦怠感、集中力の低下などの不調を感じる状態を指します。診断基準はまだ確立されておらず、その存在やメカニズムについては現在も研究が進められている段階です。症状がある場合は、医師の指導のもとでグルテン除去食を試してみることがあります。
健康な人への影響は?
では、セリアック病やグルテン過敏症ではない、いわゆる健康な人にとって、グルテンは体に悪いのでしょうか?
現時点では、健康な人がグルテンを避けることによる明確な健康上のメリットを示す科学的根拠は限定的です。「グルテンフリーは健康に良い」というイメージが広まっていますが、グルテン自体が悪者というわけではありません。むしろ、全粒粉などのグルテンを含む穀物は、食物繊維やビタミン、ミネラルの重要な供給源でもあります。
ただし、テニスプレーヤーのノバク・ジョコビッチ選手が、グルテンフリーの食事に変えてからパフォーマンスが向上したという話は有名です。これは、彼自身がグルテン不耐性(おそらくNCGS)であった可能性を示唆していますが、体質に合わない人がグルテンを避けることで、自覚していなかった不調(倦怠感や集中力低下など)が改善されるケースはあるのかもしれません。
なぜブラジルはグルテン表示が多い?:法律による義務化
ブラジルのスーパーでグルテン表示が目立つ理由は、個々のメーカーの判断ではなく、法律によって表示が義務付けられているためです。
ブラジルでは、セリアック病患者など、グルテンを摂取できない人々が安全に食品を選べるように、2003年に制定された法律(Lei nº 10.674)により、加工食品にはグルテンが含まれているかどうかの表示(「Contém Glúten」または「Não Contém Glúten」)が義務付けられました。
そのため、小麦、ライ麦、大麦、オーツ麦(※オーツ麦自体はグルテンを含まないが、生産過程で混入する可能性が高いため表示対象に含まれることが多い)や、それらを原料とする食品には、必ずグルテンに関する表示があります。これは、ブラジルが消費者の健康保護や情報提供に積極的に取り組んでいる表れと言えます。
ブラジル人のグルテンに対する意識は?
では、表示義務があるブラジルで、一般の人々はグルテンをどの程度気にしているのでしょうか? 友人に聞いてみたところ、「セリアック病の人や、健康やダイエットをすごく意識している人は気にするけど、ほとんどの人は特に気にしていないよ」とのことでした。
確かに、グルテンフリー・ダイエットが注目される理由の一つに、結果的に炭水化物の摂取量が減ることによるダイエット効果が挙げられます。パンやパスタ、ラーメンなどを避ければ、必然的に糖質の摂取も抑えられるため、「グルテンフリー=ヘルシー、痩せる」というイメージを持つ人もいるようです(これは糖質制限に近い考え方ですね)。
しかし、ブラジル人の食生活を見ると、朝食にはパン(Pão Francês ポン・フランセース)が欠かせませんし、パスタやピザも大人気。最近では日本食ブームでラーメンや焼きそばを出す店も増えています。やはり多くの人にとっては、健康上の理由がない限り、グルテンを含む美味しい食べ物の誘惑には勝てない、というのが現実のようです。
まとめ:グルテンとの上手な付き合い方
ブラジルでグルテン表示が多いのは、法律による表示義務があるためであり、必ずしも「グルテン=悪」というわけではありません。
- セリアック病の方にとっては、グルテンは厳格に避けるべきものです。
- 原因不明の体調不良があり、グルテン過敏症が疑われる場合は、医師に相談の上、グルテン除去を試す価値があるかもしれません。
- 上記に当てはまらない健康な人にとっては、グルテンを過度に避ける必要はなく、むしろバランスの取れた食事の一部として、小麦製品を適度に取り入れることは問題ありません。
「グルテンフリー」という言葉に惑わされず、グルテンに関する正しい情報を理解した上で、ご自身の体調や食生活に合わせて判断することが大切ですね。
参考
- Celiac Disease Foundation (英語)
- Coeliac UK – Non-coeliac gluten sensitivity (英語)
- FENACELBRA (ブラジルセリアック病連盟・ポルトガル語)
- PubMed (医学・生物学分野の学術文献データベース)
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