皆さんは「ジャパンハウス(JAPAN HOUSE)」をご存知でしょうか? 日本政府(主に外務省)が主導し、日本の多様な魅力を海外に発信するために、ロサンゼルス、ロンドン、そしてサンパウロの世界3都市に設置された拠点です。(JAPAN HOUSE公式サイト)
2014年頃からプロジェクトが動き出し、建築家の隈研吾氏などが設計に関わるなど、大きな予算と期待を背負ってスタートしました。ここブラジル・サンパウロでは、目抜き通りのパウリスタ大通りに面した一等地に、2017年5月にオープン。以来、現地在住日本人や日本文化に関心のあるブラジル人の間で、様々な話題を提供してきました。
鳴り物入りで始まったこのプロジェクトですが、当初からその目的や運営方針については様々な議論がありました。私自身も、過去に資料を読んだ際に、政府の広報戦略としての側面と、純粋な文化発信拠点としての役割の間で、どこか「迷走感」のようなものを感じずにはいられませんでした。
オープンから7年以上が経過した今、ジャパンハウス・サンパウロは当初の目的を果たせているのでしょうか? かつての懸念点を振り返りつつ、現在の状況を考察してみたいと思います。
ジャパンハウスとは?改めてそのコンセプトを確認
まず、ジャパンハウスがどのような施設を目指して設立されたのか、外務省の設立当初の説明を振り返ってみましょう。
ジャパン・ハウスは,日本に関する様々な情報がまとめて入手できるワンストップ・サービスを提供すると共に,カフェ・レストラン,ショップ等を設置し,民間の活力,地方の魅力なども積極的に活用したオールジャパンでの発信を実現し,専門家の知見を活用しつつ,現地の人々が「知りたい日本」を発信することをコンセプトとした新たな発信拠点です。
このようにオープンな施設にすることによって,従来日本への関心が必ずしも高くなかった人々を含めた幅広い層に対し,日本の「正しい姿」や多様な魅力を発信しながら,親日派・知日派の裾野を拡大していくことを目的としています。
(※2015年頃の外務省説明資料より抜粋・要約)
表向きは「日本版アンテナショップ+文化センター」といった趣ですが、設立の背景には、当時の国際情勢、特に近隣諸国(韓国、中国)との歴史認識や領土問題を巡る対立がありました。そうした中で、日本の立場や主張を国際社会に効果的に発信する「戦略的広報」の拠点としての役割も期待されていたのです。
サンパウロのジャパンハウスは、このコンセプトに基づき、展示スペース、多目的ホール、ライブラリー、レストラン、カフェ、ショップなどを備えた複合文化施設として開設されました。運営は、公募により選ばれた民間企業(サンパウロの場合は電通が関与)が担う形となっています。
ブラジルは世界最大の日系人コミュニティを抱え、元々親日的な土壌があります。日本のアニメや漫画、食文化なども人気が高く、日本の「正しい姿」や「多様な魅力」を発信する拠点としてのポテンシャルは高いと考えられていました。では、実際にオープンしてからの活動はどうだったのでしょうか?
当初の懸念は的中? ジャパンハウスが抱えた(かもしれない)課題
設立当初、私が資料を読んで感じた懸念点は、大きく以下の3つでした。これらがオープン後の運営でどのように影響したか、あるいは解消されたかを考えてみます。
1. 文化発信と「戦略的広報」のジレンマ
当初の懸念:「アニメやカワイイ文化に惹かれて来た来場者に、いきなり領土問題や日本の政策の話をしても響かないのでは? 文化発信と政治的メッセージの融合は難しいのではないか?」
現状の考察: 実際にジャパンハウス・サンパウロで開催されてきた展示やイベントを見ると、伝統工芸、現代アート、デザイン、食、テクノロジーといった文化的なテーマが中心となっているようです。竹細工の展示、建築家・坂茂氏の展示、ラーメンや日本酒のイベント、茶道デモンストレーションなどが開催され、多くの来場者を集めています。当初懸念されたような、政治的なメッセージを前面に出すような展示は(少なくとも表立っては)あまり見られず、ソフトパワーによる魅力発信に重点が置かれているように見受けられます。
これは、外務省自身が「韓国が竹島問題を集中的に取り上げた施設で来場者が途絶えた例もある」と認識していたように、露骨な政治的主張が敬遠されることを理解した上での戦略かもしれません。「日本の魅力を伝えることでファンを増やす」という、より間接的なアプローチにシフトしたと考えられます。
結果として、「アニメを見に来たら領土問題」のような極端なギャップは避けられているものの、「戦略的広報」という当初の目的がどの程度達成されているのかは、外部からは測りがたい状況です。
2. コンテンツの焦点:「なんでもあり」は魅力になるか?
当初の懸念:「伝統から現代まで、あらゆる日本文化を網羅しようとすると、焦点がぼやけて『何でもあるけど、何も深くはない』施設になってしまうのではないか? 既に日本文化に関心のある層にとっては物足りなく、無関心層を引きつけるには弱いのではないか?」
現状の考察: ジャパンハウス・サンパウロの展示やイベントは、確かに多岐にわたっています。建築、デザイン、食、テクノロジー、ポップカルチャーなど、様々な切り口で日本の魅力を紹介しようとしています。これは、幅広い層にアピールする狙いがあるのでしょう。
一方で、個々の展示の専門性や深さについては、評価が分かれるかもしれません。企画展によっては非常に質の高いものもある一方で、常設展示が少ない、あるいはテーマが散漫に感じられるという声も聞かれます。特に、既に日本文化に詳しい層や、特定の分野に深い関心を持つ層にとっては、物足りなさを感じる可能性は否定できません。
しかし、これまで日本文化に触れる機会が少なかった層にとっては、多様な日本の姿に触れる良い「入り口」となっている側面もあります。ターゲットをどこに置くかによって、この「幅広さ」の評価は変わってきそうです。
3. 成果指標の曖昧さ
当初の懸念:「文化発信と政治的広報という複数の目的を持ち、施設内容も多岐にわたるため、具体的な成果を測る指標を設定するのが難しいのではないか? 結局、『役に立っているか』のような曖昧な評価に終始してしまうのではないか?」
現状の考察: この問題は、現在も続いている可能性があります。ジャパンハウス全体の成果を測る明確で統一された指標(KPI)が、外部に分かりやすく示されているとは言いがたい状況です。来場者数やイベント参加者数、メディア掲載数などは公表されていますが、それが「親日派・知日派の裾野拡大」や「日本の正しい姿の発信」にどの程度結びついているのかを定量的に示すのは困難です。
文化交流や国際広報の効果測定は本質的に難しい側面がありますが、多額の税金が投入されているプロジェクトである以上、より透明性の高い成果指標の設定と公開が求められるでしょう。「なんとなく良い雰囲気を作っている」だけでは、長期的な国民の理解と支持を得るのは難しいかもしれません。
【補足】現地日系社会との連携は?
設立当初、一部の現地日系社会からは「自分たちの活動と連携が少ない」「日本からのトップダウン感が強い」といった声も聞かれました。世界最大の日系コミュニティを持つサンパウロにおいて、この連携は非常に重要です。
現在では、日系団体との共催イベントなども行われているようですが、設立から数年経った今、当初の懸念がどの程度解消され、現地社会に根付いた活動ができているのかは、継続的に見ていく必要があります。
まとめ:文化発信拠点としての可能性と今後の課題
ジャパンハウス・サンパウロは、パウリスタ大通りという好立地と美しい建築、そして多様な文化イベントを通じて、多くの来場者を集め、サンパウロにおける日本の文化発信拠点として一定の存在感を示しています。特に、これまで日本文化にあまり触れてこなかった層にとっては、魅力的な「窓口」となっていると言えるでしょう。
一方で、当初掲げられた「戦略的広報」という側面は後退し、文化発信に軸足を移しているように見えます。しかし、その文化発信の内容が幅広い層に響く深さと専門性を伴っているか、そしてその成果をどのように測り、国民に説明していくのか、といった課題は残されているように感じます。
莫大な予算が投じられたプロジェクトとして、今後もその活動内容と成果が注目されます。サンパウロを訪れる機会があれば、ぜひ一度足を運び、ご自身の目でその活動を確かめてみてはいかがでしょうか。
外務省の関連資料は以下のリンクなどで確認できます。
外務省:「ジャパン・ハウス(仮称)」の創設・運営業務 (※設立当初の情報)
ご質問はこちら Comment/Question
ジャパンハウスのサンパウロはすでにオープンしているようですが、ロスアンゼルスとロンドンはいつオープン予定でしょうか?
以前ハリウッドに行った時今年の6月オープンとテナントビルに記載ありました。
施設工事が難航しているという噂です。
昨年から賃貸料支払っているんじゃないのでしょうか、税金の無駄遣いですよね。
ロンドンの方も最初の請負業者が今年になって手を引いたらしいですよね。
状況興味あります。
支出金500億という話もありますのでくれぐれも税金の無駄遣いにならないようにお願いします。
コメント有難うございます。
久しぶりに公式サイトを見てみたのですが、ロサンゼルスとロンドンはまだオープンしていないんですね。。。
賃料はもちろんかかっているでしょうから、何の成果もなくずっと税金が流れ出ているのでしょう。
ロサンゼルス、ロンドンの状況は全く知りませんが、頂いた情報の通りであれば、数十億という単位でお金が無駄になっているのは間違いないでしょうね。一等地の賃料に加えて、開館前のベンダー変更により、またゼロから進めないといけないことだらけでしょうから。
3国の中では最も期限にルーズなブラジルが最初にオープンできたのは日系人の力が大きいのかもしれません。運営事務局に知人がおりますが、日本側の無茶な要求であっても、日本人としてのプライドを強くもって対応していました。
日本を広報するという背景に日本人としてのプライドはどこへ行ってしまったのか。。。
ロスアンゼルス(LA)のジャパン・ハウス(JH)は2017年12月にオープンしております。また、
ロンドン(L.)のジャパン・ハウスは2018年2月にオープンしています。LAのJHは2018年2月に見に行ってきました。一言で言うと、期待していた内容とは全く異なっており、失望です。
L.のJHオープンは2018年6月23日産経新聞記事で知りました。21日にオープンされたとのことですが、期待された展示は皆無のようで、開館式に出席した首相補佐官によれば、今後のセミナーを通じて領土問題や慰安婦問題を取り上げるとのことです。果たして取り上げるのか疑問が残ります。
ジャパン・ハウス構想は領土問題、慰安婦問題で日本について海外で正しく理解されていないことから、これではいけないということで、700億円の予算を獲得して計画されたと聞いています。
単に日本文化の紹介ならこれほどの初年度予算は必要ないと考えられます。世界各地に散らばる既存の日本文化センターに任せれば十分かと思います。政治や歴史問題を海外に正しく継続的に伝えることは文化を紹介する以上に費用がかかると思われますが、その予定がほとんど含まれていないとなると700億円は他に流用する意図があるのかと疑ってしまいます。
日本国民やニュースメデイアがしっかりとフォローしないといけないと思います。
佐藤さん、コメント大変に遅れまして申し訳ございません。
先日私もサンパウロのジャパン・ハウスに初めて訪問してきました。結果として、本当に残念な内容です。当初のプロパガンダはもちろんのこと、日本文化の普及という意味においても非常に難のある展示がされています。
また規模も想像以上に小さく、これに3箇所とはいえ、700億円もかけたというのが全く理解できない内容です。正直なところ、ブラジルには日系人社会とそれに由来する博物館や建築物があり、これをさらにプロモーションした方がずっと日本文化の理解に近いものになります。
あまりにも内容がつまらなく、別途レポートを書きたいと思いますが、本当に残念です。