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仕事と酒と金しか知らない日本人に企業による残業対策は機能しない

ginza

電通の新入社員の女性が自殺されたことで、また長時間労働に対する世間の批判が高まっています。

同じ世代の人間として自殺を余儀なくされてこの世を去った女性に対して、やるせない気持ちが止まらず、また日本企業に対する怒りがこみ上げてきます。

自身も前職で終電終わりのタクシー帰宅が当たり前の職場にいて、土日も何かと仕事が振ってくるという境遇にいたため、こうしたニュースは他人事ではありません。

いつになってもこうした長時間労働の問題は解決されず、いつも何が原因なのだろうと考えています。個人的な経験をつらつらと書いた後に、その中での考察を記していきたいと思います。

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新卒で就職した会社で100時間超の残業。残業対策に失敗し続けるコンサル企業

僕は大学卒業後にいわゆる経営コンサルタント会社に就職しました。当たり前といってしまうとこれまた問題なのですが、コンサル会社は一般的に長時間労働がはびこっています。

顧客の要望に迅速に的確に対応するためにいくらか仕方がないこともあるのですが、入社当時、若手が月に100時間残業するのが当たり前でした。朝方には床で寝ている社員や土日も会社に来たりするのは当然どころか、そうでないと仕事をしていないと思われる雰囲気すらあって、新しい案件が流れてきます。

なにせ「●●君、最近土日会社いないよね」と上司に言われる始末でしたから。個人的に会社の閉塞感が好きでなかったので、機密情報を持ち出さない範囲で喫茶店で仕事をしていたのですが。

上層部はそうした現状について何度か対策を売っていました。特に盛り上がるのが、今回の電通社員の方のように、長時間労働による自殺が大きなニュースとなり、社会問題化したり、行政が新たな方針を出した時。朝礼で人生がどうとか、家族がどうとか突然語りだします。

そしてその度に残業を減らすための対策が練られ、指示が飛びます。

22時以降の残業は原則禁止、日次の残業申請の厳格化、エクセルで毎日残業時間を管理、週単位での残業時間管理などの対策は最初の1週間長くて1ヶ月は意味を為していました。役員から帰れというメールが飛び、打刻時間がズレないように社員は大騒ぎです。

しかしながら、2ヶ月か3ヶ月もした頃には帰らない人が多くいました。もしくは翌朝早朝出勤で、結局定時外労働は消えないといった具合です。

そんな労働環境の中でマイペースな同期の一人が不眠症に陥り、もう一人は朝起きれずほぼ毎日のように遅刻するという状況に追い込まれいていました。昼過ぎまで全く目が覚めないということもあったようで、そのうち仕事を干され始めていました。

不眠症の同期は間もなく退職、もう一人は地方へ飛ばされていました。

長時間労働による問題が顕在化しても、結局誰も本気で残業対策を進めることはなく、「誰かが死ぬまで本気にならない」という笑えない冗談を頻繁に聞く始末でした。

長時間労働をやめられない。日本の労働者の4つのインセンティブ

そもそもコンサルタントというサービス業において仕事の量や方法を変えずして残業時間を短縮するというのが滅茶苦茶なのですが。それはそれとして、周りの人を見ていても、必要なことと不要なことをきちんと分けず、やたらと分量お多い資料をつくる人や日中やたらと他人と話していて、残業ありきで仕事をしている人は少なくない印象でした。

経験が豊かというわけではありませんが、コンサル先も含めたいくつかの職場でも同様の問題を見たこともあって、そうした人々を見ていて感じていたのは、企業が長時間労働を抑制しようとする一方で、労働者のいくらかはそれに抗うかのように長時間働こうと行動しているということです。

彼らは自らが努力家であり、事業に貢献しているかのように振る舞っていましたが、端から見ていて別のインセンティブが働いているように見えました。

そして残念ながらこうした人々のせいで、その他の人々も長時間労働を余儀なくされ、いつまで経っても今回のような痛ましい事件がなくならないのだと考えています。僕が気づいた4パターンは以下のような人々です。

①仕事以外に時間の過ごし方を知らない。つまらないタイプ

年配の方のみならず、20代30代でもこうした人は少なくありません。

家に帰ってもすることがないために、とりあえず会社で時間をつぶしたい。アフター5を楽しむ友人もおらず、自宅でリラックスする方法も知らず、それならば会社に残ってグダグダと仕事をしようというタイプです。

たまに早く帰ったかと思えば取引先と飲むか部下と飲むか。本当の友達はいないのかと疑いたくなるタイプです。故に人としての魅力もなく、働いていても何一つ面白くなかったです。

②頑張ってる自分カッコイイ。ナルシストタイプ

仕事を頑張っている自分が好きというタイプです。

土日も休まず俺は頑張っているんだぜ!昨日も3時間しか寝ていないぜ!週末は前乗りで出張だぜ!

最後の上司は本当にこういうタイプでした。取引先や顧客にまでこんな下らない自慢を本当にしていて、皆さん大人なので「大変ですねぇ!」というわけですが、この言葉が栄養のようでした。

仕事の本来の意義を見失っているわけですが、自身こうした働き方をかっこいいとおもっているせいで、他人にもその働き方を強要します。時間が努力指標にすらなって、数多くの犠牲者が生み出されます。

③家に帰る場所がない。家庭内孤立タイプ

家に帰りたくないという人も少なくありませんでした。もちろんハッキリというわけではありませんが、家族関係に関する質問に総じてぼんやりとした返答しかしなかったりします。

そして子供の運動会の話などは大きく人に話す。普段ろくに帰らず、子育てもしていないにも関わらず、こういう時には自分は良いパパなのだと吹聴して回ります。

普段色々と上手く言っていないが故に、そうした機会になんとかして家庭内における自分の存在を認めようとしたくなるようです。

結婚した世代ですから管理職級も多く、彼らが家に帰らないことで部下達もまた家に帰れないという現象は想像に難くありません。

④残業代を稼ぎたい。貧乏暇なしタイプ

基本給の低い企業に勤めていると残業代がないと十分な生活ができないことがあります。特に家族がいる場合には残業代を含めた手取りが重要です。

そのため少しでも長く働くことで生活費を稼ぎたいという心理が働きます。

しかしながら、これはそれなりに高給の人々にも共通した現象です。基本給が高い分だけ、1時間あたりの残業代も高くなり、同年代よりも多く稼いでいるという自己満足感や贅沢をしたいという気持ちから少しでも長く残業をしたいという気持ちが生まれます。

前者の方がまだ救いようがあり、後者はもはやカネの亡者でしかないわけですが。高級取りの中にはこのような給与が生きがいみたいな人も結構います。

労働者と企業は暗黙の協定によって生まれ続ける犠牲者

”暗黙の協定”なんていうと陰謀論っぽいですが、企業の残業対策がほとんど効果を生まない理由はここにあるあるのではないかと思います。

もちろん実際に仕事が終わらないというのも大きな要因の一つではあります。また自社だけが労働時間を抑制してライバル企業との競争に負けてしまうということもあるでしょう。

しかし労働時間は法律に定められたところであり、売上に優先して考えるべきことでしょう。そして、だからこそ多くの企業で残業対策を打ち出しているわけです。大手企業であればわざわざコンサルタントを雇ったり、それなりに優秀な社員達がある程度の理屈の上に対策を練りだします。そこまで的外れな対策を練っているわけではないと思います。

今回の電通にしても90年代に2年目の社員が自殺して、労災認定を受けており、その後残業対策に取り組んできたそうです。

一方で、社員からしても働く時間が減るというのは本来喜ぶべきことです。帰ろう帰ろうとなるはず。

にも関わらず取り組みが進まない。そしていつしか無視される。それは極端な言い方をすれば「ただやる気がないだけ=本当は帰りたくない」のだと思います。正しいことは分かっているけど、それとはわざわざ逆行していくわけでして。

そして利益に追われる会社がこれを否定するには大きな勇気が必要です。競争環境の中で現状よりも一人あたりの労働時間が減って、戦力が低下したり、新たな人件費がのっかることは避けたいわけで、黙って見ぬふりが得策になってしまいます。

人生は仕事だけじゃないと教育できる大人がいない。規制でしか日本は変われない。

実は僕は20歳の時のアルバイトの職場で派遣社員の同僚が自殺したことがあります。40前後の男性で、労働時間ではありませんでしたが、職場における要因などが重なって、自宅で首を吊りました。

非常に真面目な方で無断欠勤を不思議に思った上司が親御さんに連絡、母親がアパートについた時にはこのような状況だったそうです。

このことが職場でニュースになってから数日間は大騒ぎでした。しかし数週間後には新しい方が派遣され、すぐに彼のことは話題にならなくなりました。

いくら人の命が失われても、数ヶ月も経たないうちに人々の記憶からそのショックは消えていきます。あっという間に他人事です。

電通の残業対策もここまでマスコミの目にさらされて、行政の捜査が入るまで、数多くの犠牲者がいらっしゃったと思いますが、結局本当にその状況に嫌だと思った人は会社を退職して、長時間労働を上記も含めた何かしらの理由でよしとした社員達が残ったのでしょう。

こうした歪んだ状況を変えるためには根本的に教育から変えていく必要があります。ブラジル人が良いかどうかは別として、彼らは子供の頃から見ている大人の遊ぶ文化を立派に体現して、定時になった瞬間に帰っていきます。

家族との楽しみ方やお金や地位以外のアイデンティティの持ち方は子供時代に学んでいるものであり、大人になってから変えるのは難しいでしょう。

ただ残念ながらこのような教育をできる大人は少なく(定年後に亡霊と化す猛烈社員は少なくないわけで)、もはや多くの犠牲の上に行政が強烈な規制を加えていく他に方法はないのではないかと思います。

「誰かが死ぬまで本気にならない」のが日本だと思うと日本って何なのだろうと悲しくなります。

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